誰かの人生を体験するための引っ越し

今の家に引っ越してちょうど1年、最低契約期間も過ぎたので解約予告をすることにしました。良い経験ができた1年だったので文章に残しておこうと思います。

マーケティングの仕事と住んでいる場所

僕は普段マーケターとして、様々なブランドのマーケティングをお手伝いしています。どのブランドのご支援をする時も一番大事にしているのは誰よりもお客様である消費者を理解すること。定性&定量調査はもちろん、実際に商品を利用したり、店頭で購入する方を観察してみたり、あらゆる方法を駆使して消費者理解に努めています。

マーケティングの仕事をしていて楽しいと思うことの一つが色んな人になりきれることです。ある時は家族のために頑張るお父さん、ある時は初めての子供が生まれたお母さん、ある時は終活を考える老夫婦、ある時は世界を飛び回る外資系サラリーマン、ある時は人生に悩む大学生。性別年代関係なく、様々な人になりきり、何故その商品を購入したのかを考えます。

色んな人に憑依する中で重視しているのが「住んでいる場所」と「働いている(通っている)場所」で、この2拠点から受ける影響によって、その人の価値観も大きく変わるのではないかと思っているからです。住む場所は自分の意思で決めれる場合が多いため、特に重視しています。

みなさんは、住んだ街についてどんな思い出がありますか?
美味しいごはん屋さん、いきつけの居酒屋、毎週のように散歩していた公園。それから、そこで知り合った人々との記憶……。
きっと誰もが持っているであろう、街にまつわる思い出の数々は、ふとした瞬間に支えになったり、あのころの生活に戻らないために頑張ろうと、自分を鼓舞してくれたりするものです。

SUUMOタウン
https://suumo.jp/town/

リサーチ文献としても読み物としても大好きなSUUMOタウン。SUUMOタウンの記事を読んでいても、その街がその人に与えた影響を感じることができ、誰かの人生を追体験しているような気持ちになれます。

知らない世界に住んでみる

僕は学生時代を東京多摩地区の団地で過ごし、社会人になってからは23区内の1Kマンションで一人暮らし。実家は関西地方の郊外の一軒家で祖父母は和歌山と岐阜の田舎の一軒家と、日本のよくある暮らしは比較的広く経験してきたのかなと思っています。

ただマーケターとして様々なブランドを担当する中で、なかなか消費者をイメージできなかったのが富裕層向けのブランド。1本数万円のシャンパンや数千万円の自動車は自分で飲んでみることも使ってみることもできず、暮らしをイメージするのも難しかったです。

マーケティングにはエスノグラフィーというリサーチ方法があります。

エスノグラフィーは、ギリシア語のethnos(民族)、graphein(記述)から来た英語で、民族学、文化人類学などで使われている中心的な研究手法で、フィールドワークによって行動観察をし、その記録を残すことです。ある民族の特徴を調査するためにその民族の生活に入り込み、長期間にわたって彼らの生活スタイルを観察し、対話して、文化や行動様式の詳細を記録していくアプローチです。

エスノグラフィ(行動観察)|電通マクロミルインサイト
https://www.dm-insight.jp/service/offline_research/ethno.html

2年前に設立した会社のお仕事が順調で、有り難いことに少額ながらも利益が出たこともあり、色々考えた結果、イメージできないならエスノグラフィーのように一度住んでみたらいいのでは?となったのが今の家に引っ越したキッカケでした。

高級マンションの世界

富裕層が住む一軒家はどう考えても無理なので高級マンションに住んでみることに。どんな部屋がいいのか調べてみると新しい知識がたくさん増えました。

有名デベロッパーにはそれぞれマンションブランドがあること。三井ならパークマンションやパークコート、三菱ならザ・パークハウス、住友ならラ・トゥールやグランドヒルズ、森ビルのヒルズ系などです。それ以外にもリッツカールトンがザ・パーク・レジデンシィズ・アット・ザ・リッツ・カールトン東京というレジデンスを運営してることも知りました。

名前だけなら聞いたことがありましたが、それぞれのマンションブランドの中でも場所や設備仕様によって値段が変わります。特に高額なエリアは3A+R(赤坂・青山・麻布+六本木)と呼ばれているそう。

同じマンションでも賃貸専用もあれば、分譲賃貸という形で分譲マンションを購入したオーナーが賃貸用として貸し出しているパターンがあったり、タワーマンションもあれば低層マンションもありますし、部屋の仕様やジムやラウンジといった共用施設の種類や数もバラバラで、家賃もバラバラ。

住んでみた部屋

おそらく一生に一度の経験になるだろうし、せっかく住むならトコトンいったれと思い、結果的には先ほどの3A+Rエリアのタワーマンションの中層階に決めました。80㎡前後の3LDKで家賃80万円前後、100㎡を超えると150万円以上の部屋がある物件です。購入した場合は2億〜10億円くらい。

家族で住むにはかなりハードルが高いのですが、僕は独身で、あくまでそこに暮らしている人の体験ができればよかったので、同じマンションでも一番安い部屋を探していました。そんな時に調べていて知ったのが地権者住戸という仕組み。元々その場所に住んでいた方が土地を提供する代わりに、建て替え後のマンションの一部屋を所有できるそうです。一般分譲時には出回らない部屋なのですが、賃貸で貸し出されたり、完成後に売却されたりします。

こういう部屋は一般分譲の部屋に比べて、部屋の設備仕様が低かったりするのですが、その分家賃が安い場合もあり、40㎡以下の1LDKであれば20万円台後半の部屋が時々出ていました。それでもめちゃくちゃ高いですが…。

ちなみに僕が借りた部屋と同タイプの部屋が売りに出されており、価格は約1億2,000万円。なかなか理解に苦しむ価格ですが、そんな部屋に短期間だけでも住んだ経験ができるなら投資としては悪くないかなと思いました。

知らない世界で体験したこと

1年限定のエスノグラフィーでしたが、色々な体験をすることができました。例えばこんな感じです。

・マンション内でお会いする方でいかにも富裕層な格好をしている方はあまり見かけない。エレベーター内で気さくに話しかけてくれる方もいる。でも内容が「今日イギリスに住んでる娘が久しぶりに帰国するの」だったり。余裕がありそうな方が多いと感じる。
・コンシェルジュさんすごい。なんでもしてくれる。カーテンの取り付けまでしてくれた。入り口で毎回名前を読んで挨拶してくれるのは嬉しいけど、すぐ戻ってくる時は気まずい。
・夜遅く帰ってきたら10台くらいタクシーが泊まってて1台ずつ女性をのせてお金渡してる男性がいた。リアル東京カレンダーの世界。
・ハリーウィンストンからのDMがポストに入ってる。富裕層ターゲティングとしてコスパ高そう。
・地下駐車場に止まってる車はBMWやメルセデスではなく、ベントレーやロールスロイスやフェラーリ。でも隣にテスラは並んでる。別カテゴリとしてのポジショニングが築けているのかも。高級時計に対するApple Watch的な。
・配達業者さん専用のエレベーターがあったり、セキュリティは4重くらいになってる。
・住んで3ヶ月目にして知らない入り口を見つける。
・引っ越し業者さんには複雑すぎてマンション独自ルールもあったりするそうで嫌がられる。
・建物自体の仕様は高くてもマンションではあるので隣や上下階の音が聞こえることもある。
・屋上にスカイデッキがあってテンション上がってたけど、毎回誰もいない。住民の方はあまり景色に興味がないのかも。

誰かの人生を体験できたのか

1年間住んでみて、マーケターとしての経験値は上がったと感じました。僕は散歩が好きなのですが、色んな季節の色んな時間に自宅の周りを散歩してみると色んな人に出会えます。他にもスーパーやドラッグストア、飲食店など生活をしている中でも色んな人に出会えますが、同じ場所に住んでいる人には何かしらの共通点があり、住んでいる人の特徴は場所によって少しずつ違うと思っています。

どの場所でどんな共通点があるかを発見するには一定期間住んでみる必要があると思っています。結構無理して住みましたが、独身の今しかできない経験だと思うと住んでみて良かったです。結果的に以前と比べると消費者のことをかなり鮮明にイメージできるようになりました。

また、住んで半年ほどでコロナ禍となってしまい、リモートワークが中心となった今、これまでの圧倒的な利便性もそこまで魅力的ではない状況になってしまいました。共用施設も閉鎖されてます。とはいえ、これだけ対照的な世の中を今の家で経験できたのも個人的には大きかったです。

誰かの人生を体験することは自分の人生を生きることでもあると思います。まだ次の家は決まっていませんが、また違う人の人生を体験しつつ、自分の人生になる素敵な場所を見つけれたらと思っています。